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歌手・美川憲一が、読売テレビ「上沼・高田のクギズケ!」に出演した際、「頼まれて(婚約を)ぶっ壊したのよ、私が」と、女優・宮沢りえの婚約解消のキーマンとなったことを衝撃告白したといいます。 この美川さんは、1966年「柳ケ瀬ブルース」で一躍有名になった人ですが、その後は、泣かず飛ばずの状態になっていましたね。 それが、1980年代終盤、ものまねブームのさなか、ものまねタレントの第一人者であるコロッケによる美川のマネがうけ、1989年正月に放送された『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦!!』でコロッケと初めて共演をされました。 これは男性タレントとしては曲の途中でサプライズで登場する「ご本人登場」の第1号であったということです。 この時の出演が大きな反響を呼び美川の人気が復活するきっかけとなったわけです。 その後、1990年にちあきなおみと共演した金鳥のCMが話題となり、その後の美川ブームへと続き、1991年の第42回NHK紅白歌合戦にも、17年ぶりのカムバック出場を果たし、コロッケとのデュエットで「さそり座の女」を披露。 ★本当に人生の浮き沈みを経験したひとりではないでしょうか。 ★前々から興味があったので、この機会に命式を検証してみました。 ![]() ![]() 美川憲一さん(1946年5月15日生まれ)
【命式検証】 ☆ 身旺の傷官生財格で、ほぼ成格していますね。 三柱で見る限りでは、これはすばらしい命式といえるでしょう。 【先天運】 ☆ 身旺の傷官生財格入格の可能性があり、この人は確実性を求め豊かな判断力を持ち、学技芸のいずれかに卓越して他に優れた特質があり、かつ、何業に関与しても相当な地位を得るなり名をあげ、併せて金銭運も淡々と尽きない特質があります。 ☆ だいたい傷官生財格の人は、傷官の良能に財的のものが加えられることを意味し、常に富裕で、生涯を通じてたんたんと財源が尽きず、いわゆる富儒(ふじゅ)の人といわれます。 ☆ この人は、どの世界に進んでいたとしても、その道の第一人者になる可能性を秘めています。 【性格】 ☆ 傷官がこの人の中心になる因子ですので、口は悪く、思ったことをズバッと言っては、人に煙たがられれる要素を持っていますが、その悪さをカバーしているのが日支の偏財です。 ☆ 日支の偏財はおしゃべりで世話好きを特徴としており、人に好かれる因子です。ですから、言いたい放題のわりには、人に嫌われにくいものがあります。 ☆ ここで四柱推命学を勉強されている人のために、傷官の特質について、ちょっと説明しておきましょう。 人間は、ふつうは口に出して意見を言ったりモノを言うときには、一回、頭の中で整理してから、言葉を選んでしゃべるわけですが、この傷官というのは、言葉を選ぶ前に思ったことがすぐに口から出るのです。 要は、頭の中で整理する前に、思っている本音がそのまま出てしまうということです。 【転機となった大運】 ☆ 人生の転機になったのは、38歳〜47歳までの丁酉の大運期間中でありました。 酉運は命式と巳酉丑の三合金局をなして、食神局と変化して吉となり、丁の偏印運は、日干を生じてこれもまた吉運となっています。 このように吉運が重なることは珍しく、生きているうちに吉運の大運を見たことは、この人にとっては最高の幸せではなかったのでしょうか。 |
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